⑱出国の2日前
もう残された時間は残りわずか、ということで、部屋でまったりした時間を過ごしていましたが、夕方になり、突然アニルが「飲みに行きたい」と言い出しました。
先日、飲んでケンカしたばかりだし、酔ったら友達に電話をかけまくる癖を知っているので、誘いを断ったら、「部屋にずっといてもただ時間が過ぎるだけ。外をゆっくり散歩しながらリフレッシュをして、飲みながら最後の二人の時間を楽しく過ごしたい。今日は絶対に友達に電話しない。約束する。あゆなの為だけの時間だよ」とのこと。
彼の言葉を信用する訳ではありませんでしたが、最後の時間を彼の望むように過ごせるなら、それが良い思い出になると思い、承諾しました。
日が暮れていく街並みを二人で歩きながら、アニルは自分の気持ちを語ってくれました。
「私がネパールに帰っても心配しないで。毎日電話するし、大好きだから離れてても心は一緒でしょ。私の妻は死ぬまであゆなだけだよ。私は、あゆなが私の最後の人だと思ってる。ビザがOKになったらすぐに日本に帰ってくるから、私を信じて待っててね」
散々ケンカをするし、私のことをデブデブ言うし、おばちゃんみたいとも言うけど、それでもよく「あゆながめっちゃ好きだから」というフレーズを多用するアニル。
時々怒りで我を忘れて、彼の気持ちを踏みにじったり、疑ったりもしましたが、今回こそは彼の言葉を本心として受け止めようと思いました。
また、居酒屋で飲んでいる最中に、離れ離れになることに対していつも私が「私ばっかり寂しがって、アニルは全然寂しくなさそうだよねー(ㆀ˘・з・˘)」と茶化していたことを取り上げ、「私もめっちゃ寂しいよ。でも男が泣いたらおかしいでしょ、だから我慢してる。こんな話をするともっと寂しくなっちゃうよ」と言いながら、目を潤ませていた彼の姿は忘れられません。
そしてアニルは、私のお気に入りの歌をYouTubeで何曲か選曲させ、それを保存していました。音楽が大好きな彼が、遠く離れた地で、私を思い出せるように聴くためだと言っていました。
ある程度飲み終えた後、帰りにカラオケに寄って盛り上がり、0時半頃帰宅しました。その後、寝る前に少しお喋りをしましたが、その日は約束通り、アニルは友達に電話をかけませんでした。
眠った彼の横顔、クルクル縮れた髪の毛、サルのような大きな耳、ぽっこり出たお腹、大きなイビキ、熱を持った体温、彼の全てが愛しくて仕方ないと同時に、もうすぐいなくなってしまう悲しみで心が張り裂けそうでした。
⑰出国前の大ゲンカ
出国までの残された期間、なるべく一緒の時間を大切にしよう、と過ごしていたのですが、結構な頻度でケンカをする私たちは、またやらかしました。
原因はやはりお酒。アニルがビザ更新不許可となった時点で仕事は辞めなければならず、一日中やることなく暇を持て余した彼は、頻繁に飲むようになりました。
酒グセが非常に悪いアニル。酔っ払った彼は本気で大嫌い! 悪態つくわ、深夜なのに大音量で音楽聴くわ、大声で電話しまくるわ、寝てる私の背中や腕を強くつねるわ、おかげでこっちは寝不足なのに、当人は翌日昼過ぎまで何もせずグーグー寝るわ。
この日も、友達に会うけど絶対に飲まない、すぐに帰るよ、と言って出かけたのに、案の定、居酒屋で飲んで帰って来ました。
さらにはコンビニでビールを買い、いつも通り家で飲みながら、いろんなネパール友達と電話を始めました。
日本で一緒にいられるのはあと4日しかないのに、今日は昼過ぎから友達と出かけ、夜帰ってきたと思ったら電話ばかり。
一通り電話を終えたアニルに「もう電話はやめて、一緒の時間を過ごそうよ」と提案すると、今度はお金のことで揉める事態に。
浪費家のアニルと節約をしたい私の意見が食い違うと、彼は「日本人はやっぱりダメだね。自分の義姉は、あゆなのこといろいろ言ってたけど、何て言ったかはあゆなが泣くから言わない。ネパール人同士が結婚したら、妻は夫のものだから、夫に対してグチグチ言ったりしないよ」と言われました。
義姉が何と言ったのか、いくら尋ねても教えてくれず、この時点でだいぶ頭の血管が切れそうだったので隣の部屋で過ごしていたら、もう信じられない音量の音楽が聴こえてきました。深夜0時過ぎですよ。
私「隣の人から苦情が来るかもしれないから、音を小さくして。お願い」
彼「関係ないよ。私音楽好きだから、大きい音で聴きたい。私はネパール人だし、もうすぐネパールに帰るから、誰も関係ない。あゆなは早く寝て。私一人で音楽聴く」
ここ日本なんだけど?! ここが日本である以上、ここのやり方で生活しようや。大体、あなたがネパールに帰ったとしても、隣人は、ここに住んでる私が騒音を立てた張本人だと思い込むんだよ!
ボリュームを下げることを何度お願いしても、うるさい関係ない、の一点張りだったので、頭に来た私は強制的に音楽を消しました。
すると、アニルは部屋のドアを力いっぱい蹴りつけ、吹っ飛ばすという凶行に!
今まで何度ケンカしてきても口論のみだったのに、物に当たり破壊行為までした彼に、驚きと爆発寸前の怒りが込み上げ、「今すぐ出て行って! もうあんたの顔見たくない。ドア壊すとかマジで頭おかしいんじゃない? 今すぐネパールに帰って、二度と日本に戻ってくるな!」と、私の方も半泣きになりながらこれまでになくブチギレました。
アニルは「今からは電車もないし、お金もないからどこにも行けない」と渋りましたが(私の激ギレに彼の方も驚きを隠せない様子でした笑)、煮えたぎっていた私は、いいから早く出て行け、と譲らず、本当にアニルを家から追い出しました。
追い出してから約1時間。もしかしたら帰ってくるかな、と待ち続けていましたが、帰って来ません。
歩いて友達の所まで行ったかな? もしかしてコンビニの前で飲んだ後もうすぐ帰ってくる? ベランダで寝てないよね?(確認)、など悶々としつつ、いつの間にか眠りについていました。
翌朝、7時頃目覚めた私は、猛烈な後悔と不安な気持ちを抱いていました。アニルがお酒を飲んだら怒りっぽくなるのは分かってるはずなのに、なんで私も一緒になってカッとなったのか。不本意でもうまくスルーすれば丸く収まるのに。
アニルは多分、今日帰って来ないだろうな。もしかしたら、出国ギリギリまで友達の所に泊まるかも。残された大切な時間を無駄にしてしまった…。
しかし午前11時頃、アニルは帰って来ました。お互いに掛ける言葉が見つからず無言でしたが、彼はふと笑みを浮かべ、力強く私を抱きしめてきました。
それからお互い特にケンカのことには触れず、寄り添ってテレビを見たり、何気ない会話を交わしたりして、またいつも通りの関係に戻っていました。
今回のケンカは、いつも以上に激しかったですが、仲直りの早さはいつも通りで安心しました( ˘ω˘ ) お互いにカッとなる性格だと、ケンカが勃発しやすいからダメですね…。
⑯申請受け付け拒否
在留資格変更許可申請のため入管に行った弁護士から「申請すら受け付けてもらえませんでした」の連絡に、言葉を失いました。
バタバタかき集めた書類だったので、どこか不備があったり落とし穴があったりして、もしかして不許可になるかも…という不安はありました。
でもまさか、受け付け拒否という結果が待っていたとは、本当に予想外でした。
弁護士は、一度窓口で拒否をされたものの、申請する時間的余裕はあること、駆け込み婚ではないこと、恋愛結婚の証拠はたくさんあること、などを理由に、もう一度掛け合うように要求したところ、上司が呼ばれて、面談のような形で話をしたそうです。
弁護士の話をまとめると、
・出国命令後の申請でなければ通った案件だった
・名古屋の入管は審査が厳しく、また、常に忙しいため、出国が迫った期間内に審査するのを避けたい印象
・一度、出国命令を出した入管のプライド?があり、実績も欲しいため、結果を覆らせたくない
でした。
私が求職中であることも指摘されたそうですが、弁護士の印象からすると、申請を拒否するための粗探しをして、そこに行き着いた、と見ているようです。
(もちろん、無職であることはマイナスですが、ある程度の貯金、国家資格あり、親からの金銭面の援助、など無職であることの対策は取っていました)
以前、弁護士が「結婚届出してたのに、出国準備期間30日しかもらえなかったんですか? 普通なら31日もらえそうですけどね(31日以上もらえると、申請して審査が長引いた時でも、結果が出るまで滞在期間を延長してもらえる)」と言っていました。
出国命令が出されたあの日、担当官が頑なに「一度出国してから…」と譲らなかったこと、そして今回申請を受け付けなかったこと、これらを考慮すると、はじめから出国させる以外の選択肢はなかったんだな、と今ここで繋がりました。
弁護士の方から「一応、どうしてもと言うなら申請を受け付けることはできます、と入管から言われたが、これまでの話の流れだとほぼ100%不許可になりますが…どうしますか?」と言われましたが、不許可になった後の再申請はもっと厳しいので、一度出国してから呼び寄せる方が良い、とのことで申請はしませんでした。
これでアニルの出国は決定されました。
二人ともショックで、今後どうなるのか全く想像もできませんでした。とりあえず、弁護士は申請せずに帰ってくるというので、一度会って詳しいことを話を聞くことにしました。
入管の話だと、とにかく一度出国してください、だったので、その通り従うのがベスト。最悪、オーバーステイや裁判といった形もあるが、賢いやり方ではない。
求職中であることを指摘されたので、早急に仕事を見つけて、雇用契約書と在職証明書さえもらえれば、出国後すぐに呼び寄せるための申請ができる、とのこと。
はじめはアニルがネパールに帰ってしまうショックから抜け出せませんでしたが、まだ可能性が残されているなら、やるだけやるしかないな、と気持ちを切り替えることにしました。
しかも彼は、日本に来てから約6年間、一度もネパールに帰ったことがなかったので、これも良い機会だったのかな、と思ったり。というか、思いたくないけど思うしかなかったり…(´-`)
出国準備期間は30日間あるので、切れるギリギリまで日本に滞在し、二人の時間を過ごすことにしました。
余談ですが、弁護士の話だと、福岡の入管は審査が甘いらしいです。アニルが大分に住んでた時に結婚してれば、手続きもラクだったのになぁ…:(´ཀ`」 ∠)ゴフッ。何事もタイミングって大事ですね…。
⑮配偶者ビザ申請に向けて
弁護士に相談してみると、この状況になると1日でも早く申請をしないと厳しいとのことで、必要書類を最速で集められるよう、走り回る日々がスタートしました。
⑭入国管理局からの不許可通知
婚姻届を提出した4日後、アニルと私は名古屋入国管理局へ指定された時間に訪れました。
待つこと2時間。アニルの名前が呼ばれ、15分ほどの面談を終え戻ってきた彼の話によると、やはり更新は無理でネパールに帰るように言われたので、結婚した旨を伝えた。すると、担当官が上司に相談に行ったので、その間とりあえず待つように言われた、とのこと。
この時、私たちは「ちゃんと市役所で婚姻届出したし、更新できないにしても、結婚ビザが下りるまでは、日本滞在の期間を延長してもらえるよね」と、呆れるほど呑気に捉えていました。
でも、結果は出国。
担当官の上司曰く、結婚のタイミングが遅すぎる。在留資格変更申請をしたとしても確実に許可になるとは言えないため、滞在の延長を認める訳にはいかない。出国準備期間30日の間に申請して許可が出れば、出国は取り消しになるし、間に合わなくても一度出国して呼び寄せることもできる。とのこと。
もうね、何が何でも出国させたい、という気持ちがビンビン伝わってきましたよ。ってか、どうでもいいんですが、始めに面談した担当官も同席しており、終始ため息や頭をボリボリ掻いて、ダルそうな態度を取り続けていたので、マジでキレそうになりました私。何で入管の職員って態度悪い人が多いんだろう(-᷅_-᷄๑)
で、まぁ、出国を受け入れられないのであれば、オーバーステイということになり、前科がつきますが、どちらがいいですか? って、そりゃもう一択しかないわね。
出国を受け入れ、サインを終えたその足で相談カウンターに行き、出国命令が今日出されたことを伝えて、大体いつぐらいまでに配偶者ビザを申請できれば間に合うか問うたところ、一週間くらいであれば確実に申請を受け付けられますよ、とのこと。
よっしゃ! マッハでやれば間に合うかも! と希望を抱き、必要書類に目を通したその刹那、希望は跡形もなく砕け散りました。
必要書類が多いとしても、急いでこなせば何とかなる。ただ、取り寄せに時間がかかる書類が数点あり、どう考えても間に合いませんでした。
(婚姻届受理証明書、戸籍謄本の配偶者記載、受理証明書発行後の在日ネパール大使館への婚姻届出など)
必要書類が分からないアニルに、どう考えても間に合わないと伝えると、諦めるのはまだ早い、知り合いにビザについて詳しいネパール人がいるから、まずはその人に相談する、ということで、その足でその人のもとへ。
すると、その人はビザを専門に扱う弁護士を知っている、とのことで、もうお手上げ状態だった私は、専門家にお願いするしかない、と決意しました。
⑬結婚
ビザ更新ほぼ不許可が分かったその日、とにかく急いで籍を入れればまだ何とかなるかも、という淡い期待を抱き、婚姻のための必要書類を準備し始めました。
幸い?、以前から結婚するつもりだったため、必要書類の中でも取り寄せに時間がかかるアニルの独身証明書や出生証明書などは、彼の兄がネパールから送ってくれていたので、手元にありました。
ただ、それらを日本語訳していなかったので、スマホで意味を調べながらせっせと翻訳。
あとは、私の戸籍謄本も必要でしたが、本籍地は福岡のため、地元に住む父に市役所に出向いてもらい、速達で郵送してもらいました。
他の必要書類は、私が愛知県に来てすぐくらいの頃に、一度市役所に行って、もらってきていたので、あとは記入するのみ。
地獄の通知ハガキを受け取ったのが金曜日で、土日休みを挟み、翌月曜日には必要書類全てを用意し、アニルと共に市役所へと向かいました。
市役所に着くと、受付の人から用件を尋ねられたので、婚姻届を提出すると伝えると、満面の笑みで「おめでとうございます!」と言われました。
内心、バタバタ用意した書類に不備なく受理されるのか不安だらけで、苦笑いしか返せませんでした。あ、こいつらワケありだな、と一瞬で悟られたことでしょう(笑)
ドッキドキしながら婚姻届を提出すると、少々の手直しがあったものの、ひとまずは受理されました。
安心したのも束の間、配偶者ビザを申請するために必要な婚姻届受理証明書が、約10日後でないと発行されない、とのこと。
アニルが入管で出国宣告されるのが4日後。1日でも早く手続きを完了させないと間に合わない! っつか、もうすでに間に合ってないけども!
私は、引かれようが構わんスタンスで、必死に何がなんでも急ぎであることを職員の方に伝え、なるべく早めに証明書を出せるように約束してもらいました。
帰り際に、担当してもらった職員の方からも「ご結婚おめでとうございます」と言われましたが、この人は事情をある程度理解していたので、すごく控えめでした(笑)
婚姻届の提出は、これから控えている手続きの中のほんの一部分に過ぎません。
日本人同士の結婚ならば、婚姻届が受理されたら晴れて夫婦となり、新婚生活を楽しめるはずなのに…。結婚はおめでたい、普通はそうだよね、とブルーな気持ちになりました。
アニルに「今日から私たち夫婦だね」と伝えてみても「まだビザのことがどうなるか分からないから、そんなにハッピーじゃない」と言われ、余計に気分が沈みました(T ^ T)
当事者であるアニルの不安な気持ちは分かるけど、結婚した私も彼と同じ立場であり、一緒に日本に住むために、できる限りのことはやろう、と再び気合いを入れ直しました。
⑫新居へ引っ越し
アニル(と友達)の部屋に転がり込んだ約5日後、彼が働いていた派遣会社に、ソッコーで私が泊まっているのがバレました(笑)
会社の名義で賃貸アパートに住んでいたのは知っていましたが、新居をすぐに見つける予定だったのでバレる前に出ていけるかなー、と思っていたのは大甘でしたね。そりゃ、駐車場に福岡ナンバーが停めてあれば、怪しむわな…。
幸い、派遣会社も大家さんも、新居を見つけるまでいてもいい、と言ってくれたので安心しましたが、やはりバレた手前、長居はしづらかったので、慌てて新居を探すことに。
できたら2人で吟味して決めたかったのですが、アニル君は部屋に全くこだわりがなく、住めればどこでもいいよ(*'ω'*)な人なので、仕事を休めない彼に代わり、一人で部屋探しスタート。
予算と相談しつつ、彼の職場に近い物件に決め、5月の頭に入居しました。
ついに念願の2人暮らし! 私はウキウキでしたが、アニルの方はまだビザ更新のことなど気がかりがあったので浮かない様子。
アニルのビザが切れるのが5月半ばで、入国管理局からの通知ハガキがそろそろ届く頃。私は何を根拠にか、絶対に更新できると思い込み、また、アニルの方も心配しつつも多分大丈夫だろう、と考えていました。
引っ越し後、必要最低限な家電を買ったり、市役所で引っ越し後の手続きやらをして、徐々に、2人で生きていく実感が湧き出てきた3日後、アニルのもとに運命のハガキが届きました…。
通知ハガキには、更新許可・不許可は書かれておらず、結果は入管で分かるようになっていますが、ハガキの書かれ方で、入管に行く前に大体結果を判断できます。
アニルの場合は、ほぼ不許可確定でした…。
そりゃもう、ショックでしたね。心のどこかで、大丈夫だろう、と余裕をかましていた自分を後悔しまくりです。落ち込んでも状況は何も変わらないので、ここからは時間との勝負。結婚の手続きに向けて始動です。